日本マーケティングの知見:350年の歴史から学ぶCX戦略
こんばんわ。
2024年7月7日、七夕。浴衣姿のカップルが街を歩き、商業施設では、笹の葉と短冊がそよぐ中、私は鰻を思い浮かべています。ロマンチックな天の川よりも、照り輝く鰻の蒲焼きの方が私の心を掴んでいるのです。なぜでしょうか。それは昨晩ふと、今年「土用の丑の日」が2回もあるという事実に気づいたからです。
目次
2024年、七夕の日に考える二度の土用の丑の日とマーケティングの歴史
今年の夏の土用の丑の日は、7月24日(一の丑)と8月5日(二の丑)の2回訪れます。七夕の夜に願い事をする代わりに、私は今から2回の鰻の日を心待ちにしているのです。しかし、なぜ私がこんなにも鰻に執着しているのか、そしてなぜ「土用の丑の日」に鰻を食べるのか、その理由を探るうちに、日本のマーケティングの奥深い歴史に辿り着きました。
※諸説あります。
ということで、たまにはこんな記事にもお付き合いいただけると幸いです。
「土用の丑の日」が2回ある理由
まず、「土用の丑の日」が2回生じる理由から改めて説明しましょう。これは、「土用」と「丑の日」の決め方の違いによるものです。
- 「土用」:季節の変わり目の日(立春・立夏・立秋・立冬)の前の18日間の期間
- 「丑の日」:十二支に基づいて12日周期で巡ってくる日
つまり、「土用の丑の日」とは、土用の18日間の中に入っている「丑の日」のことを指します。2024年のように土用の期間に丑の日が2回含まれる年には、「一の丑」「二の丑」と呼ばれる2回の「土用の丑の日」が発生するのです。
実は大叔父が福岡でも有数の鰻屋の職人であったこともあり、幼い頃からこの話はよく聞かされていました。
なぜ今、この記事を書くのか:鰻への愛と歴史の再発見
七夕の夜、星空を見上げる代わりに鰻のことを考えている私。この「風習」がいつどのように始まったのか、そしてなぜこれほどまでに日本人の心に根付いているのか。この疑問が、私を約350年前の日本へと誘ったのです。
そして驚いたことに、この「土用の丑の日に鰻を食べる」という風習こそが、日本のマーケティング史上最も成功した事例の一つだったのです。この発見をきっかけに、日本のマーケティングの歴史を振り返り、その知見を現代に活かす方法を探ってみたいと思います。
七夕の夜、織姫と彦星の物語に思いを馳せる人もいれば、美しい星空に魅了される人もいるでしょう。しかし私は、江戸時代から続く驚くべきマーケティング戦略に魅了されているのです。さあ、鰻を想像しながら、日本のマーケティングの歴史を紐解いていきましょう。
マーケティングの起源:意外にも日本が世界をリードしていた?
驚くべきことに、マーケティングの起源は日本にあると言われています。P.F.ドラッカーは著書『マネジメントⅠ』の中で、世界最初のマーケティングは1650年頃の日本で三井家の創業者によって考案されたと述べています。
三井高利と越後屋:世界初の顧客中心主義
1673年、三井高利が創業した越後屋は、世界で初めて以下のような革新的な施策を導入しました:
- 定価販売:「現金掛値なし」の方針
- 顧客中心の品揃え:顧客のニーズに合わせた商品開発
- 返品自由:顧客満足度の向上
- 幅広い品揃え:顧客の多様なニーズへの対応
これらの施策は、約180年後にフランスで創業した「ボン・マルシェ」(世界初の百貨店と言われる)よりも遥か昔に実践されていたことになります。
世界初の広告効果測定
さらに驚くべきことに、1683年には越後屋が世界で初めて広告効果測定を実施したという記録があります。欧米で広告効果測定が行われるようになったのは20世紀に入ってからですから、日本のマーケティングがいかに先進的であったかがわかります。
施策としては、例えば越後屋のロゴの入った傘を貸し出すことで認知度アップを図ったなんていう逸話も残っています。
平賀源内と土用の丑の日:18世紀のマーケティング革命
そして、約100年後の1750年代。江戸時代中期に活躍した天才発明家、平賀源内が画期的なマーケティング戦略を生み出します。
冬の魚が夏の風物詩に:文化と消費の変容
平賀源内は、夏場に売り上げの落ち込む鰻屋のために、「土用の丑の日に鰻を食べると夏バテしない」という巧妙なキャッチフレーズを生み出しました。本来冬に食べる魚であった鰻を、夏の風物詩に変えてしまったのです。
この戦略は見事に的中し、以来270年以上にわたって日本の夏の風物詩として定着しています。これは、マーケティングが持つ文化形成力を如実に示す例と言えるでしょう。
日本のマーケティング戦略:歴史から学ぶ5つの核心
では、これらの歴史的事例から、現代のデジタルマーケティングに応用できる5つの核心的な要素を抽出してみましょう。
顧客中心主義:ニーズの先取りと満足度向上
三井高利の越後屋は、顧客のニーズを中心に据えた商品開発と販売戦略を展開しました。これは現代の顧客体験(CX)重視の考え方に直結します。
現代への応用:
- 顧客データの分析によるパーソナライズされた商品推奨
- カスタマーサポートの充実によるロイヤルティの向上
革新的な価格戦略:定価販売と透明性
「現金掛値なし」の方針は、当時としては画期的なものでした。これは顧客との信頼関係を構築する上で重要な役割を果たしました。
現代への応用:
- サブスクリプションモデルの導入による価格の透明性と予測可能性の向上
- ダイナミックプライシングの活用による需要と供給のバランス最適化
返品自由:リスクフリーな購買体験の提供
返品自由の方針は、顧客の購買障壁を大きく下げる効果がありました。
現代への応用:
- オンラインショッピングにおける無料返品・交換サービス
- 試用期間付きのサービス提供(ソフトウェアの無料トライアル期間など)
広告効果測定:データドリブンなマーケティング
世界に先駆けて広告効果測定を行った越後屋の姿勢は、現代のデータドリブンマーケティングの先駆けと言えるでしょう。
現代への応用:
- デジタル広告のROI(投資対効果)分析
- ABテストによるウェブサイトやアプリの継続的な改善
文化創造:ブランドストーリーの構築
平賀源内の「土用の丑の日」戦略は、単なる販促活動を超えて、新しい文化を創造しました。
現代への応用:
- ブランドの世界観を表現するコンテンツマーケティング
- ソーシャルメディアを活用したファンコミュニティの構築
現代日本における文化創造マーケティングの成功例
日本のマーケティングは、時代を超えて文化を創造し続けています。以下に、いくつかの現代の成功例を見てみましょう。
バレンタインデーのチョコレート文化
1970年代後半、神戸モロゾフがバレンタインデーにチョコレートを贈る風習を提案し、これが日本全国に広まりました。現在では、年間チョコレート消費量の2割以上がバレンタイン時期に集中するほどの一大イベントとなっています。
ポイント: 既存の文化(バレンタインデー)に新しい要素(チョコレートを贈る)を組み合わせることで、新たな消費文化を創造しました。
恵方巻きの全国展開
元々は大阪を中心とした一部地域の風習であった恵方巻きが、1998年にセブンイレブンによるキャンペーンで大ヒットし、2000年代になると他の大手チェーン店も追従し、一気に全国区の季節イベントになりました。昨今では、なぜかロールケーキなども売っていて、バラエティー豊かです。
ポイント: 地域文化をナショナルブランドの力で全国展開することで、新たな消費機会を創出しました。
クリスマスのケーキ文化
日本独自の文化として定着したクリスマスケーキ。これも菓子メーカーや小売業のマーケティング活動によって広まった風習です。
ポイント: 海外の文化を日本の文脈に合わせてアレンジし、新たな消費文化を創造しました。
デジタル時代の顧客体験(CX)改善:日本の伝統的知見を現代に活かす
では、これらの日本の伝統的なマーケティング知見を、現代のデジタルマーケティングにどのように活かせるでしょうか。
「琴線を読む」:データ分析と人間洞察の融合
三井高利の「琴線を読む」能力は、現代のデータ分析技術と人間洞察力の融合に通じます。
実践方法:
- ビッグデータ分析と質的調査(インタビューなど)の組み合わせ
- AI技術を活用した感情分析と人間のインサイトの統合
「現金掛値なし」の精神:透明性とトラストの構築
越後屋の「現金掛値なし」の方針は、現代のデジタルマーケティングにおける透明性とトラストの重要性を示唆しています。
実践方法:
- プライバシーポリシーの明確化とユーザーデータの適切な取り扱い
- ソーシャルメディアを通じた企業の透明性の向上
「返品自由」の現代版:カスタマーサポートの充実
越後屋の「返品自由」の方針は、現代のカスタマーサポートの在り方に示唆を与えます。
実践方法:
- AIチャットボットとヒューマンサポートの適切な組み合わせ
- オムニチャネルサポート体制の構築
「広告効果測定」の進化:全方位的なマーケティング効果測定
越後屋が先駆的に行った広告効果測定は、現代ではより包括的なマーケティング効果測定として進化しています。
実践方法:
- マルチタッチアトリビューション分析の導入
- カスタマーライフタイムバリュー(CLV)の測定と最適化
「文化創造」のデジタル展開:バイラルマーケティングとインフルエンサー戦略
平賀源内の「土用の丑の日」戦略は、現代のバイラルマーケティングやインフルエンサー戦略に通じます。
実践方法:
- ソーシャルメディアを活用したハッシュタグキャンペーン
- マイクロインフルエンサーを活用した草の根的な情報拡散
デジタル時代における「日本流マーケティング」の可能性
350年以上の歴史を持つ日本のマーケティングは、世界に先駆けて顧客中心主義、データ活用、文化創造などの概念を実践してきました。これらの伝統的な知見は、デジタル時代においても十分に通用し、むしろその真価を発揮する可能性があります。
データと直感の融合
日本流マーケティングの真髄は、データ(広告効果測定など)と直感(「琴線を読む」能力)の融合にあります。AI技術の発展により、この融合がより高度なレベルで可能になっていると言えます。
顧客との長期的な関係構築
「現金掛値なし」「返品自由」などの方針は、顧客との信頼関係構築を重視する日本流マーケティングの特長です。デジタル時代においても、この長期的視点は変わらず重要です。
文化に根ざしたマーケティング
「土用の丑の日」や「バレンタインデーのチョコレート」など、日本のマーケティングは常に文化と密接に結びついてきました。グローバル化が進む現代においても、ローカルな文化への理解と創造的なアプローチは、差別化の鍵となります。
継続的な革新
三井高利から平賀源内、そして現代に至るまで、日本のマーケティングは常に革新を続けてきました。この革新精神は、急速に変化するデジタル時代において、より一層重要になっています。
日本の伝統的なマーケティング知見は、単なる歴史的興味の対象ではありません。それは、現代のデジタルマーケティングに新たな視点と方法論を提供する、貴重な資産なのです。私たちは、この豊かな遺産を理解し、現代に適応させることで、より効果的で人間中心のマーケティングを実現できるでしょう。
人間中心のテクノロジー活用
日本の伝統的なマーケティングの強みは、常に人間(顧客)を中心に据えてきたことです。デジタル時代においても、この人間中心のアプローチは不可欠です。AIやビッグデータなどの最新技術を活用しつつも、最終的な判断や創造性は人間が担うという姿勢が重要です。技術は手段であり、目的ではないという認識を常に持ち続けることが、真の顧客満足につながるでしょう。
未来を切り拓く日本流デジタルマーケティング
日本の伝統的なマーケティング知見は、単なる歴史的興味の対象ではありません。それは、現代のデジタルマーケティングに新たな視点と方法論を提供する、貴重な資産なのです。私たちは、この豊かな遺産を理解し、現代に適応させることで、より効果的で人間中心のマーケティングを実現できるでしょう。
デジタル技術とAIの進化が進む中、「琴線を読む」能力はますます重要になっています。データ分析だけでは捉えきれない人間の感性や文化的背景を理解し、それをデジタル戦略に組み込んでいくことが、これからのマーケティングの鍵となるでしょう。
最後に、平賀源内の「土用の丑の日」の戦略を現代に置き換えてみましょう。もし平賀源内が現代に生きていたら、どんなデジタルマーケティング戦略を考案するでしょうか。SNSを駆使した口コミ戦略? ビッグデータを活用した需要予測? それとも、ARを使った新しい食体験の提案?
私たちマーケターは、日本の伝統的な知見とデジタル技術を融合させ、新たな価値を創造していく使命を持っています。350年の歴史に学び、そして未来を切り拓く。その過程で、私たちは常に顧客の「琴線」に触れるマーケティングを目指していくべきでしょう。
さて、もうすぐ土用の丑の日。今年は2回ありますね。美味しい鰻を食べながら、日本のマーケティングの過去と未来に思いを馳せてみるのはいかがでしょうか。
なお、冒頭で散々輝きを推しておりますが、ちなみに私は蒲焼より白焼き派です。

今本 たかひろ/MarTechLab編集長
料理人→旅人→店舗ビジネスオーナー→BPO企業にてBtoBマーケティング支援チームのPLを4年半経験し、2023年2月よりギャプライズへジョイン。フグを捌くのもBtoBマーケティングを整えるのも根本は同じだという思考回路のため、根っこは料理人のままです。家では猫2匹の下僕。虎党でビール党。