航空券予約の「カゴ落ち率90%」の衝撃|なぜ顧客はチェックアウトで離脱するのか?

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注:本記事はABTasty社の記事を、同社の許可を得て翻訳・編集し公開しています。

導入:収益化の「最後の砦」で起きている、静かなる顧客流出

旅行予約において、チェックアウト(予約完了・決済ページ)は、顧客の「予約したい」という意思が企業の「収益」に変わる、最も重要で注目すべき瞬間です。

しかし、多くの旅行・航空サイトにとって、そこは同時に最も多くの顧客が離脱している場所でもあります。

グローバルな決済統合プラットフォームであるInaiの調査によれば、Eコマース全体の平均カゴ落ち率(カート放棄率)が約70%であるのに対し、航空業界のチェックアウト離脱率は実に90%に達すると報告されています。

これは、予約プロセスを開始した10人のうち9人が、決済を完了せずにサイトを去っていることを意味します。この衝撃的な数字は、単なる「取りこぼし」や「仕方のないコスト」ではありません。それは、複雑な予約プロセスが「現代の旅行者の期待」に応えられていないという、UX(ユーザーエクスペリエンス)上の明確な問題によって引き起こされる「静かなる顧客流出」を示しています。

この問題の本質は、テクニカルな側面だけではありません。チェックアウトのプロセスは、旅行者の「旅への興奮」と「金銭的な不安」が最も激しく交錯する場所です。価格への敏感さと、快適さや安心への欲求が衝突する、非常にデリケートな心理状態に顧客は置かれています。

この人間心理の機微を深く理解することこそが、コンバージョン(CVR)向上の鍵となります。

多くの担当者が陥りがちなのは、競合他社のデザインを模倣したり、社内の「憶測」や「経験則」だけでUIを変更したりすることです。しかし、真の解決策はそこにありません。

真の解決策は、アンケートのような直接的な質問ではなく、顧客の実際のクリック行動を通じて「何が最適か」を問い続けるシステム=「実験(Experimentation)」を構築することです。この記事では、なぜ旅行サイトのチェックアウトがこれほどまでに顧客を離脱させてしまうのか、その心理的背景と、ABTastyが提唱する「実験」によるデータドリブンな解決策について解説します。

 

なぜ航空・旅行サイトのチェックアウトはこれほど複雑なのか?

EコマースでTシャツを1枚買うのとは異なり、航空券や旅行パッケージの予約が「ワンクリック」で完結することは稀です。その複雑さは、旅行・航空業界のビジネスモデルそのものに組み込まれています。

サイト運営者が販売しているのは、単なる「座席」や「部屋」というモノではありません。それは、日程、場所、オプション、規制が複雑に絡み合った「多面的な旅行体験」そのものです。

この業界特有の複雑性が、顧客の離脱を引き起こす主な要因となっています。

    • 要因1:複雑な旅程(認知的負荷)
      単純な往復フライトならまだしも、複数都市の周遊、異なる航空会社(コードシェアなど)の組み合わせ、長時間の乗り継ぎ、そして時差。これら無数の選択肢と情報は、ユーザーに重大な「認知的負荷(考えるストレス)」を与えます。
    • 要因2:無数の追加サービス(アンシラリー)
      座席指定(足元の広い席、窓側など)、追加手荷物、機内食の選択、優先搭乗、旅行保険、空港送迎…。これら「アンシラリー」と呼ばれる追加サービスは、航空会社の重要な収益源ですが、顧客にとっては一つ一つの選択が「迷い」を生み、離脱のトリガーとなり得ます。
    • 要因3:規制と必須項目(入力負荷)
      国際線であれば、パスポート情報、生年月日、性別、国籍など、法律や規制によって要求される入力項目が多数存在します。これらはしばしば、長く威圧的な入力フォームとなり、特にモバイルユーザーの意欲を削ぎます。

結果として生まれるのが、前述の「離脱率90%」という数字です。

この問題は、単なる「UXの欠陥」として片付けられるものではなく、企業にとって「莫大な金融的損失」を意味します。UXリサーチ機関であるBaymard Instituteの試算によれば、米国とEUだけでも、チェックアウトデザインの改善によって年間2,600億ドル(約38兆円※)もの機会損失が回復可能であるとされています。(※1ドル150円換算)

これは、数千億円規模のデザイン課題が、解決策を待っている状態だということです。

しかし、朗報もあります。この問題を解決するために、何十億円もかけた大規模なサイトリニューアルは必ずしも必要ありません。必要なのは、ユーザーデータを冷静に分析し、仮説を立て、テストを実行し、その結果に基づいて「最もインパクトの大きい」変更を「漸進的に(インクリメンタルに)」加えていく、という地道なアプローチです。

チェックアウトにおける消費者行動の解読:離脱の「3大心理ブレーキ」

UXを最適化し、失われた90%の顧客を取り戻すためには、チェックアウトの瞬間に旅行者が何を考え、何にストレスを感じているのか、その心理を深く理解する必要があります。

顧客の行動データが雄弁に物語る、離脱の「3大心理ブレーキ」を見ていきましょう。

    • 要因1:コストの曖昧さ(ドリッププライシングによる不信感)
      Baymard Instituteがまとめた調査によれば、カート放棄の最大の理由(39%)は「最終段階で追加コスト(送料、手数料、税金など)が高すぎた」ことでした。これは、旅行・航空業界で慣習的に行われてきた「ドリッププライシング」と深く関連しています。
      ドリッププライシングとは、検索結果では非常に安い基本料金を提示し、予約プロセスを進めるにつれて手数料や諸税、サービス料を「ポタポタ(Drip)」と追加していく価格表示手法です。 顧客は、最終的に表示された総額そのものに失望するだけでなく、プロセスを通じて「騙された」「不誠実だ」という感覚を抱きます。この信頼の侵食こそが、最も強力な離脱ブレーキとなります。
    • 要因2:プロセスの煩雑さ(フリクション)
      同調査では、「プロセスが長すぎる、または複雑すぎる」(18%)、「アカウント作成を強制された」(19%)も上位の離脱理由として挙げられています。
      終わりの見えないページ遷移、何度も同じ情報を入力させるフォーム、そして予約のためだけに必須とされる会員登録。これら一つ一つの「摩擦(フリクション)」が積み重なることで、顧客のモチベーションは強力な負の勢いとなって離脱へと向かいます。
    • 要因3:信頼の欠如(決済への不安)
      驚くべきことに、ユーザーの19%が「ウェブサイトを信頼できず、決済情報を入力したくなかった」という理由で離脱しています。
      これは、単にSSLロゴ(鍵マーク)があるかどうかだけの問題ではありません。前述のドリッププライシングによって価格への不信感を抱いたユーザーは、心理的に懐疑的な状態に陥っています。その結果、いざクレジットカード番号を入力する段階になると、「このサイトは本当に大丈夫か?」と、最後の決済ボタンを押すことをためらってしまうのです。

これらの消費者行動を理解する目的は、彼らの弱みにつけ込むことではありません。目的は、よりスムーズで、透明性が高く、ストレスの少ない予約体験を設計することです。それこそが、旅行者の不安を自信に変え、最終的にはブランドの信頼性(ロイヤルティ)構築へと繋がります。

ABTastyが導く「実験」という名の顧客理解

では、どうすれば「コストの曖昧さ」や「プロセスの摩擦」といった根深い問題を解決できるのでしょうか?

その答えは、顧客に「テスト」を通じて尋ねることです。ABTastyが提供するソリューションの中核は、まさにこの「実験(Experimentation)」= ABテスト、多変量テストにあります。これは、旅行者が「実際どう行動するか」をデータで理解するための、最も効果的かつリスクの低い手法です。

「実験」は、データに基づいた仮説駆動のプロセスで進められます。

    1. データ分析(課題発見):
      まず、サイトのアクセス解析データ(例:Google Analytics)やABTastyのヒートマップ機能などで、「搭乗者情報入力ページでの離脱率が異常に高い」という事実を発見します。
    2. 仮説立案:
      「このページは入力項目が多すぎる。もし必須項目を減らし、フォームを簡略化すれば、入力摩擦が減りコンバージョン率(CVR)が向上するのではないか?」という仮説を立てます。
    3. テスト実行:
      ABTastyのビジュアルエディタを使い、エンジニアの手を借りずに新しいシンプルなフォーム(バージョンB)を作成します。そして、サイト訪問者をランダムに分け、A(現行の長いフォーム)とB(簡略化したフォーム)を同時に配信します。
    4. 結果測定と学習:
      ABTastyのダッシュボードで、どちらのバージョンがより多くの予約完了(CV)につながったかを統計的に測定します。

このプロセスを経ることで、UI変更の意思決定は「担当者の推測」から「データに裏付けられた洞察」へと変わります。これにより、デザイン変更に伴うリスクを最小限に抑えつつ、測定可能なビジネスインパクト(CVR向上)を生み出すことができるのです。

しかし、ABテストは万能薬ではありません。ABTastyの真価は、さらにその先、顧客セグメント別の最適化(パーソナライゼーション)にあります。

競合のABテストツールやコンサルティング企業と一線を画すのは、この「顧客理解の深さ」です。

例えば、すべての旅行者に同じチェックアウト体験を提供することが最適とは限りません。

    • 初回訪問者やシニア層:
      予約プロセスに不安を感じている可能性が高いセグメントです。彼らには、チェックアウト中に「?」アイコンでの詳細な説明補足や、「24時間キャンセル無料」といった安心材料(Trust Signals)を強調表示するパーソナライゼーションが有効かもしれません。
    • リピーター(マイレージ会員など):
      彼らが求めるのはスピードと効率性です。彼らには、過去の予約情報(氏名、パスポート番号、よく使う決済手段)を自動入力し、最小限のステップで予約を完了できる、合理化された体験を提供すべきです。

ABTastyプラットフォームは、このような複雑なセグメント(例:「過去に予約履歴があり、かつモバイルアプリからアクセスしているユーザー」)に対しても、異なる体験をABテストし、どの体験が最もそのセグメントのCVRを高めるかを検証することを可能にします。

 

旅行サイトが今すぐテストすべき「7つの領域」

「実験」の思考法(Experimentation Mindset)を取り入れると、サイト上のあらゆる要素がテストの対象に見えてきます。「当たり前」を疑い、何が本当にCVRを動かすのかを見極めることが重要です。

ここでは、特にインパクトが大きく、ABTastyで容易にテストを開始できる「7つの領域」をご紹介します。

    1. CTA(行動喚起)のデザイン
      「予約する」「次に進む」「決済する」といったボタンを軽視してはいけません。色、文言、サイズ、配置、形状(角丸か直角か)など、わずかな違いがクリック率に大きな影響を与えます。実際、ギフトボックス販売のSmartboxは、ABTastyでカート追加ボタンの色をテストし、クリック率を16%増加させました。
    2. 決済オプションの拡充
      決済は最後のハードルです。特にモバイルにおいて、Apple PayやGoogle Payといったデジタルウォレットの追加は、最もインパクトのある変更の一つです。決済サービスStripeの分析によれば、Apple Payを有効にした企業は平均22%のコンバージョン向上が見られたと報告されています。日本市場であれば「あと払い」や各種QRコード決済の導入も強力なテスト対象です。
    3. フォームの形式とフロー
      すべての情報を1ページにまとめた「ワンページチェックアウト」と、進捗をステップバーで示す「マルチステップチェックアウト」は、どちらがユーザーの心理的負担を軽減するでしょうか? これは、あなたのサイトの顧客層でテストしてみるしかありません。また、モバイルで「電話番号」フィールドをタップしたら、数字キーパッドが自動で表示されるか、といった細部も重要です。
    4. 信頼構築要素(Trust Signals)
      顧客が最も不安になる決済情報入力ページで、セキュリティシール(クレジットカードの国際ブランドロゴや、「暗号化通信」を示すマーク)をどこに配置すれば最も安心感を与えられるか。また、「24時間以内キャンセル無料」「最安値保証」といった安心材料(ポリシー)を、ボタンの直前にテスト表示するのも非常に効果的です。
    5. アップセル(追加サービス)のタイミング
      座席指定や手荷物追加といったアップセルは、いつ提示するのが最適でしょうか? 予約プロセス「中」に提示すると離脱が増えるかもしれません。
      あえてチェックアウト「後」の確認メールや、出発前のリマインドメールで提示するパターンをテストすることで、チェックアウト本体のCVRを最大化できる可能性があります。
    6. モバイルファースト体験
      モバイルのチェックアウトは、PC版を単に縮小したものであってはなりません。タップターゲット(ボタンやリンク)は十分に大きいか? ナビゲーションは簡素化されているか? 入力項目は最小限になっているか? PCとは全く異なるデザインをテストすべきです。
    7. 緊急性・希少性(Scarcity & Urgency)
      「残り3席」「現在25人がこのフライトを見ています」といった文言は、顧客の決断を後押しする効果が知られています。しかし、これは諸刃の剣でもあります。過度な煽りはブランドの信頼を損なう危険もあります。ABTastyを使って特定のセグメントにのみ表示し、CVRと長期的なLTV(顧客生涯価値)への影響を慎重にテストすることが重要です。

ABTastyと築く「実験の文化」:成功事例に学ぶ

最適化の真の力は、1回限りの「勝ちテスト」に見出されるものではありません。それは、組織全体に「継続的な学習の文化」を根付かせることによってのみ発揮されます。

マーケティング部門、プロダクト部門、そして開発部門が、「どちらのデザインが良いか」を主観的な意見で議論するのをやめ、ABTastyのダッシュボードが示す客観的なデータに基づいて意思決定を行うようになる。その文化変革こそが、競合他社に対する最大の優位性となります。

ABTastyは、ツールを提供するだけでなく、この「実験の文化」が組織に定着するまでを伴走支援します。(この点が、単なるツールベンダーや受託コンサルティング企業との大きな違いです)。

実際にABTastyを活用して成果を上げている事例を見てみましょう。

    • Iberojet(オンライン旅行代理店)の事例

      Iberojetは、「ホームページのタブの順序は、本当に現状が最適なのか?」という素朴な疑問を持ちました。そこでABTastyと協力し、ユーザーの閲覧履歴に基づいてタブの順序を変更するシンプルなABテストを実施しました。 その結果、「検索」ボタンのクリック数が25%も増加し、より多くのユーザーを予約ファネルの次のステップへと誘導することに成功しました。
    • Ulta Beauty(※実験文化の事例として) 大手化粧品小売りのUlta Beautyは、ABTastyと共に「実験」をイノベーションプロセスの中心に据えました。彼らは年間テスト数を20件から65件以上に拡大。 チームは憶測に頼る代わりに、テストによって迅速にデータドリブンな答えを得る文化を構築しました。
      例えば、ショッピングカート内に推奨商品のオーバーレイを表示するテストを実施し、収益9%増、カート追加クリック15%増という明確な成果を叩き出しています。
      https://www.abtasty.com/resources/ulta-beautys-palette-for-innovation-starts-with-experimentation/

これこそが、自社にとっての「より良い体験」を見つける方法です。

目指すべきは、たった一つの「完璧なチェックアウト」ではありません。目指すべきは、あらゆるデバイスで、あらゆる旅行者にとっての「より良い体験」を、昨日より今日、今日より明日へと、飽くことなく追求し続ける姿勢そのものです。

 

まとめ:貴社サイトの「90%」を取り戻すために

あなたのサイトで失われている「90%」の潜在顧客。彼らはなぜ、予約完了ボタンを押す直前で去ってしまったのでしょうか?

その答えは、社内の会議室や、競合サイトのソースコードの中にはありません。その答えは、あなたのサイトを訪れ、そして去っていった顧客自身の「行動データ」の中にのみ存在します。

憶測に基づく場当たり的なサイト改修を止め、データに基づいた合理的な「実験」を始める時が来ています。

「自社のサイトのどこに課題があるか分からない」「ABテストやパーソナライゼーションの具体的な進め方を知りたい」 貴社のWEBサイトが抱える課題を、ABTastyの専門コンサルタントに相談しませんか? プラットフォームの機能や事例を具体的にご紹介するデモンストレーションも随時受け付けております。お気軽にお問い合わせください。

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今本 たかひろ/MarTechLab編集長

料理人→旅人→店舗ビジネスオーナー→BPO企業にてBtoBマーケティング支援チームのPLを4年半経験し、2023年2月よりギャプライズへジョイン。フグを捌くのもBtoBマーケティングを整えるのも根本は同じだという思考回路のため、根っこは料理人のままです。家では猫2匹の下僕。虎党でビール党。

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